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LOVE KENTYなお花畑

キラッキラに輝く中島健人くんをひたすら愛でて重い愛を垂れ流すブログ〜ちょくちょく他のことも挟みながら〜

ひとりごと

(いちファンのひとりごとなのでご了承を)

過去のことを思い返せば、なんでちゃんと踊らないんだろう、なんでしゃべらないんだろう、とかもやもやしていた。正直そのたびに、自分の視界に入れないように無意識のうちにしていたことがあった。

だけど、徐々に感じたのが、人間ってこうやって成長していくものなんだなあってこと。それはなぜかっていうと、(具体的な番組名を出してしまうけれど)いつか前の少クラクリスマスSPで、セクサマ衣装を着てとても不機嫌そうだった風磨くんが、同じ少クラで数年後には笑顔でメンバーと話す姿が見られたから。同じ人物がそうやって目に見えて変わっていく姿、そして何かを乗り越えたような笑顔を見られたことで、それまで感じていたもやもやが少しずつ解消していった。

きっとファンが知りえないところで考えに考えて、これがいまの自分にできる最大限だと思ってやっているのだろうなと思った。だから、正直なんでこれをいま…?と疑問に思うこともあるけれど、わたしが試行錯誤しながら仕事に向かっているのと同じで、いまはできなくてもきっとそうやってもがいていくうちに、自分の糧として成長していくのじゃないかなって。(自分のことを引き合いに出すなんてナンセンスだけど)風磨くんのほうがわたしより一歳年下とはいえ同世代として見ると、そんなふうに思えてならない。

今も、表情や態度、ダンスを見ているともやることがある。そのたびになんでだろうなあ、どんな気持ちなんだろうなあって考える。そんなふうに考えても理解しきれないところは正直まだある。だけど、いつかきっと自分で気づいて、多くのことを得て大きくなっていくだろうと思うし、そんなふうに長い目でこの先を見ていたいなと思う。

今までこんなふうに思っていたけれど、チキンだからそれを表に出すのが怖くて避けてた。だって自分の言ってること客観視してみたら、なんて思考回路が都合よくなっているんだろうなあと思うから。だけどいろいろ考えても、最終的には嫌いになれないし、あきらめられないから、こんなふうにしか考えられない。

健人くんとの仲だって本当のところは本人たちにしかわからないことなのだから、あれこれ断言できるものでもないなあ、知り得ないこともあるなあと、この前のMyojoでの対談を読んで思った。ジュニア時代の関係性、そしてデビューしてからの関係性はこの9年間で変化し続けてきたと思うし、その中で環境が大きく変わることは一度や二度の話ではなかったのだから、そりゃ互いに意識しすぎてぶつかることも、すれ違うことも、思いが通じ合うこともあるだろうな。

それぞれ将来を頭のなかにちゃんと描いていて、しかもそれが”ふまけん”を2人の手によって”ふまけん”させるということだったのだから、わたしが思っている以上に健人くんと風磨くんにとって”ふまけん”というシンメは、大事な存在なのだなと感じた。2人は良い意味で人間みあるシンメだなと思う。